1987年

BEAT EMOTION 楽譜(バンドスコア)より

"GIGS” から4ヶ月...BOOWYは11月に入っ て間も無くはやくも新しいアルバム BEAT. EMOTION”を発表した。 

"BEAT EMOTION BOØWYのつうと云える人なら記憶してい る人も多いと思う。 

このタイトルはBOØWYが、ライブハウス 時代、ツアータイトルに使ったモノと同じな 

のだ。 

どうして今、BEAT EMOTION なのか? そして86"、現在の BOOWYにとってBEA T EMOTION とは何なのか? ・ ここにきてまた、インディシーンから、ライ ブハウスから新しいバンドがその台頭を始めた。 

そんな中で、シーンの頂点を駆け抜け様とし ている BOOWY の4人に、今回は、レコーディ ングと、ニューアルバムのコンセプト等につい て話してもらおうと思っているーー。 

 

紺ーお久しぶりです。 元気だった?

布袋ーとりあえずレコーディングも終って一段落って感じ。

松井ー元気だよね。 

紺ー音聞かせてもらったけど...とっても良い ネ。

氷室ーTHANK YOU!!

紺ーでさ、今回ってすごくレコーディング期間が短かいでしょ...。 生っぽい音が多いんだけど、一発録りとかだったのかナ?

氷室ー一発録りってわけじゃ無いよネ。

布袋ーうん・・・。 まずはさ、当然リズムから入って、ニュ アンスとしてはそのへんは一発なんだろうけど。

高橋ー音きまったらはやいよネ。

松井ー一部分部分やり直すとか、あまり今回は無かったし、ある意味じゃすごくBOOW Yっぽい所が多いからやりやすい事はやりやすかったし――。

氷室ーでもほら、俺達ってもともとはやいんだよね実際...。 ベルリンの時だって実質的には今回と同じ位だし一。

紺ーそういえば東京だけでのレコーディングって今回初めてなんじゃない?!

布袋ー天下の東芝EMIに移籍してからは―(笑)

高橋ーその前の2枚は東京だヨ。 

松井ーそれっきゃできなかったしネ...(笑) 

紺ーその頃もはやかったの?

布袋ーううん...。っていうか、たぶんあれは正しいレコーディングのやり方じゃ無かったと思うよ。(笑)

氷室ーだってさ、スタジオがたまたま空いてる時間をなんとか使わせてもらってネ。 次のスタジオは4日後の5時間ですなんてー。 

紺ーじゃあベルリンから突然はやくなったの?

松井ーあれは海外って事で、ほとんど入れる曲を日本で完壁にリハーサルしてから行ったし...。

布袋ーだけど、今考えると、あのやり方が、基本的に自分達にはあってたみたいだね。 まず、バンドとして完成させてから みたいなサ。 

紺ーその後はいつもその方法?

氷室ー基本的にはね...。

紺ー もし良かったら、そのへんの事、例えば BEAT EMOTIONだけでも良いか ら、どんな風にアルバムが創られるのかおしえてほしいんだけどな・・・。

氷室ーいつも一緒だヨ。 まず、メンバーがデモテープを創ってもって来る所から始まる・・・。

布袋ーうん、俺とヒムロックがほとんどの曲書いてるんだけど、1人1人でスタジオに 入って、とりあえず演奏して、メロディ入れてネ...。

紺ー演奏って? 

布袋ー2人ともだいたいの楽器やれるから、その時は、ある程度自分のイメージでそれぞれが演奏して...。

氷室ーで、歌を入れるわけ...。

紺ーじゃあ、デモテープではホテイさんの曲、 全部自分で歌ってるの?

布袋ー秘密、秘密。(笑)

松井ーけっこう上手いですヨ、フンイキもので...。 

インタビュアーは、ここで聞きたい!"と せがんでみたものの、あっけなくおことわりの冷たい御返事...。(あたり前か!)

紺ーBEAT EMOTIONもその方法?

氷室ー-そうだね。 タイムテーブル的には、今回が、一番きちっとしたスケジュールの中でやれたよネ ...。

紺ー東京を選んだ理由もその辺、スケジュールの事でそうなったの?

布袋ーニューヨークとかネ、またどこかへ行こうかって話しも有ったんだけど、今回は ココで演りたいって、ことわったんだ。 だってサ、皆海外行くでしょここの所...。 それに僕達ってベルリンの時も、そこを選んだのが、エンジニアの問題が一番大 きな理由だったし...。 とりあえず海外って事でわくわくしたけ ど、やってみて日本でやる良さもあらためて分かったみたいなさ...。

氷室ーそうね...。 

そういう意味では、今回のアルバムは、 坂元サン(レコーディングミキサー)の音でバッチリだったし、東京だからこそ、 良い意味でリラックスしながら作業に打 ち込めた...。

紺ーつまり、それって、ミキサーとかのポジ ションも、自分達の中でプロデュースできる様になったって事かな?

松井ーそれは有るんじゃ無いかナきっと。

氷室ー有るんだろうね...。 やっぱり、今回日本でやれたって事で、 坂元さんにしろ松武さんにしろ、コミニ ュケーションがすごくとりやすくなってて、そのへんは自分達のスタンスを、す ごく良く分かってきたからに他ならない気もするね。

高橋ー大切だよ、そのあたりの事って一。 例えば、ライブだって、音ギメがすごく 大切なわけでしょ...。 そこでバンドだったら、まず自分の音の第一歩が見つかるわけだしネ...。

布袋ー そうだよネ・・・。 だからやっぱり、レコーディングした事ない人達も、普段から、自分の出す音、 出したい音っていうのには、今からもっともっと気をつかっても良いと思うよ。

いざ、レコーディングでスタジオ入った 時に、あんまりいじくられすぎない為に ねー。

氷室一読んでるお前ら良く聞いとけヨ!

松井ーハイ。(笑)

布袋ーで、エモーション”って言葉もそのあたりからのインスピレイションなんだよね。 

氷室一そうね...。 そういえば紺ちゃんライブハウス時代の ツアータイトルだったっていってたじゃん?

紺ーええ。

氷室ーあれとは、やっぱりちょっと意味がちがうと思うヨ。

紺ーと、いうと...。

氷室ーつまりさ、音にしても今回のは、パンクス 達の後、もっとメロディアスなB級ポッ プス調の流行の頃にコンセプトを求めたわけだ。

松井-XTCとかスクイーズの頃のネ・・。

氷室一そうそう...。 だからって俺達にはもちろんその頃へ逆 もどりする気なんてまったく無いし、そ の事をくり返す気もさらさら無いんだ。

高橋ーなつかしんでるわけじゃ無いしネ...。

布袋ーただあの頃BOOWYを結成したのは事実だし、あの頃のいろいろなスタイルに BOOWYのメンバーそれぞれにいろい ろな思い入れが有ったと思うんだよネ...。

で、JUST A HEROの後だからこそ各自のそのあたりのルーツをBOOWYなりに、形にしたくて、今回のアルバムはできたと思うんだ。

氷室ーそしたら、それが、すごく俺達にとって エモーショナルだったわけ、すごく素直な意味でね。

布袋ーそしたら、やっぱりビートエモーションでしよ。

氷室ー何かいろんなバンドが、出て来てさ、で これからもたくさん出てくると思うんだ。 それは、それですごくステキな事じゃん。

だからこそ、やる側も見る側も自分なりのエモーションをすごく大切にしなけりゃいけない時期なんじゃないかと思うんだ。 

紺ーそれは、これから、バンドやりたいとか食って行きたいとか思ってる奴らにも言えるよネ...。

布袋ーもちろん。

氷室ーたとえば、俺達にとって今やりたい事が結局はいつだってエモーショナルなわけでしょ...。

だからこそ一作一作スタイルがちがったとしても、それはいつだってBOOWY なわけだし、そのへんはいくらレコード 会社やオフィスが何か云っても変わらないよネ...。

アレ売れたから次もあの線で...みたいなサ、そんなやり方は絶対にできない...。

松井ーやりたい事をやりたいからやってるわけだし続けてるんだものね。 そりゃ売れる事は嬉しいけど、やりたくない事やって売れても、何かちがうと思う。 

高橋ーだよナ...。 やりたい様にやってるものナ俺達って相変らず...。

布袋ーまぁ皆サンに感謝ってところですね。(笑) 

紺ーでね、ちょっと話し変るんだけど、今度 のってコピーはしやすいのかナ?

氷室ーよく聞くと、できるのと、そうでないのとハッキリわかれてるかも知れない―。

布袋ー うん...。 けっこう生っぽい音多いけど、あれけっこうダブらせたりしてるから、ギター1 本だと、それなりの工夫が必要かも知れないネ...。

高橋ーコピーやりがいのある曲ばっかですヨ。

布袋ーいきなりホッピーひいちゃってるし...(笑)

松井ーでも、ノリの良い曲多いから、それこそ フルコピーにたよらずに、自分達なりにやれたら、すごく良い感じになる曲ばか りだと思うヨ...。 まことさんも詩を書いてるし...。

高橋ーなんだそれ。(笑)

氷室ー歌はね、今までよりもいろいろなスタイルでうたってるから、けっこう楽しめると思うけど、それこそ俺の真似なんかし ないで、自分の歌でうたった方が良いぜ。 

やっぱり個性とか大切だと思うし...。

布袋ーま、くやしかったら僕の身長からコピーするべきですネ...(笑)。 

 

良い意味で余裕を感じた。 それは、この後テープをとめるとすぐに彼らが、 ライブ用のアレンジについて話し合いはじめた時 にとても強く感じた。 

レコーディングはレコーディングで最高のモノ を、そしてライブはライブで最高のモノをそんな彼らの思いが今、一番ステキな形で両方とも形になって行く様な気がする――。

JUST A HEROの後の作品を、いろいろな意味で不安と期待でいっぱいにしてくれた彼らだったけ れど、イザ音を聞かせてもらうと、ただひとこと、 「またやられた...!」でかたずけるしか無い事が 相変らず憎たらしい。 けれども、レコーディングのインタビューのすぐ 後に、はやくライブを見たいと思わせてくれるバ ンドはそうあるもんじゃないナと、これは、あらためて感じてその場を立ち去ったその日のボクでした。 

紺 待人

-1987年

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